2025.10.17 「守るための連立」-あの時、公明党が自民党に寄り添ったワケ
- 道家やすなり

- 2025年10月17日
- 読了時間: 3分
「守るための連立」-あの時、公明党が自民党に寄り添ったワケ
政治の世界には、表に出ない “駆け引き” があるものです。
今では当たり前になっている自民党と公明党の連立も、その始まりをたどると「守りたい人がいた」という、人間くさい背景があった-そう見る人もいます。
きっかけは「言論出版妨害事件」
昭和40年代のこと。ある大学教授・藤原弘達氏が、創価学会を批判する本 『創価学会を斬る』 を出版しようとしました。
すると、印刷所や取次会社に「圧力がかかったのではないか」と問題になり国会が大騒ぎに。これが「言論出版妨害事件」です。野党は「表現の自由を脅かす」「政教分離に反する」として追及を強め、ついには「創価学会の池田大作会長を国会に呼べ!」と証人喚問を求めました。
招致を止めた “見えない力”
ところが、この招致は実現しませんでした。議会運営委員会で、自民党と公明党が手を組んで阻止したのです。この裏には、両党の “計算” が働いていたと見る向きがあります。
当時の自民党は、衆議院は何とか過半数を保っていたものの参議院は少数派。法案を通すにも、野党に押されることが多く「安定多数を確保するには、公明党や民社党の協力が欠かせない」状況でした。一方、公明党は「池田大作を守りたい」「宗教弾圧のような追及を止めたい」という思いが強かった。お互い利害が一致し、結果として-「手を組めば、双方にメリットがある」そんな “静かな握手” が交わされたといいます。
“守るための手打ち”から “主従の関係” へ
最初は一時的協力のはずが、この関係が次第に「切れない縁」になっていきます。公明党は、池田氏の国会招致が消えたあと宗教色を薄め「平和」「福祉」を掲げる政党へと衣替えしました。しかし、政治の世界では「恩」と「借り」は長く残るもの。やがて自民と公明の関係は “守るための手打ち” から “主従の関係” に変わっていった-そう見る人も少なくありません。
いまも続く “貸し借りの関係”
それから半世紀。自民・公明の連立は、時にギクシャクしながらも壊れません。「過去の貸し借りが、今も政治を動かしている」そう感じる人もいます。
政界の裏舞台では、
“恩を返すために動く人” “守ってくれた相手に逆らえない人”
そんな人間模様が、静かに息づいているのかもしれません。
政治は、理屈よりも情と損得で動く世界。
昭和のあの日、「守りたい公明」と「数がほしい自民」が手を握った-そこから始まった “静かな同盟” が、いまも日本の政治を支える柱のひとつになっているのです。











コメント