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2026.01.21 古い車は罪で、古い家は徳なのか

  • 執筆者の写真: 道家やすなり
    道家やすなり
  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

古い車は罪で、古い家は徳なのか

自動車は十三年を超えると税が重くなる。一方で、家屋は年を経るほど課税評価が下がり税負担は軽くなる。同じ「古い」なのに扱いは正反対だ。


理由は「環境」だという。

古い車は排ガスや燃費性能が劣るから、税を重くして新しい車への転換を促す―

これが十三年重課税の建前である。しかしここで素朴な疑問が浮かぶ。本当に環境の話なのだろうか。


築四・五十年の住宅を思い浮かべてほしい。

断熱材は乏しく隙間風が入り暖房冷房は外に逃げていく。エネルギー効率だけ見れば、最新の高断熱住宅とは比べものにならない。それでも古い家は「価値が下がるもの」として税は年々軽くなる。誰も「環境に悪いから建て替えなさい」と固定資産税を重くはしない。


なぜか。

答えは明快だ。住居は生活の基盤であり、税で追い込めば人の暮らしそのものが壊れるからである。一方、自動車は「代替可能」「買い替えを促しやすい」。そこに政策誘導の余地がある。つまり環境合理性の問題ではない。縛りやすい対象を縛っているだけだ。

たとえるなら、古くなった鍋を使い続ける家庭には罰金を科し、隙間風だらけの家で石油ストーブを焚くのは見逃す。理由は「鍋は買い替えやすいが、家は無理だから」


これを公平と呼べるだろうか。

税は本来、財産の価値や能力に応じて負担を求めるものだ。ところが自動車の十三年重課税は「使えている財産の価値を、政策目的で意図的に下げる」制度である。所有も使用も合法だが「使い続けると損をする」仕組みで実質的に選択肢を狭めている。


これは財産権の問題でもある。

法律上は使用禁止ではないため違憲とはされにくいが、経済的価値を削り取ることで行動を縛る点では、穏やかな侵害に近い。環境を理由にするなら、本来は年数ではなく、実測の排出量や走行距離、使用実態で判断すべきだろう。同じ十三年でも、週末しか走らない車と毎日長距離を走る車は違う。家屋と自動車の課税の差は「環境」の名を借りた政策の都合を映している。説明はできるが、胸を張って正しいとは言いにくい。


税制は国民に納得されてこそ成り立つ。

古い車だけを悪者にする前に「何を守り、何を縛るのか」をもう一度問い直す時期に来ているのではないか。合法であることと合理であることは、必ずしも同じではないのだから。



 
 
 

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