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2026.02.11 議会人は「公人」である。

  • 2月11日
  • 読了時間: 3分

更新日:2月12日

議会人は「公人」である。その自覚を欠いた夜の醜態。


「酒の席だった」「悪気はなかった」

こうした言い訳がこれまで幾度となく不祥事の後に繰り返されてきた。しかし、今回の事案にそれが通用する余地は一切ない。


二月四日の夜

議員と部長級職員による懇親会の席で起きた一連の行為は、単なる無礼や酒癖の悪さという次元を、明確に超えている。現職議長、議長経験者、複数の部長が同席する中、問題の議員は泥酔状態となり、先輩議員に対して横柄な言動を繰り返したという。場の空気を壊すだけでなく、注意を促した部長の声にも耳を貸さない。その時点で、すでに議会人としての自制は完全に失われている。


さらに事態は

帰りのタクシー前で決定的に一線を越える。部長に対し「ハグをしたい」と言いながら終始顔に手を回し、行為はエスカレートし、最終的には平手で顔を叩くという暴力に及んだ。メガネが壊れなかったからハグだった、という理屈が成り立つとでも思っているのだろうか。常識的な社会人関係において、その解釈を受け入れる者は一人もいない。


これはハラスメントであり、明確な暴力行為である。

「注意で済ませる」などという判断が許される問題ではない。特に胸を衝くのは、被害を受けた部長がほとんど反抗できなかったであろう状況が容易に想像できる点だ。相手および政党の仲間議員ら。そして、選挙で選ばれた議員。立場上、強く拒絶することができなかっただろうと私は思う。その沈黙の重さを加害側は理解しているのだろうか。同時に、同席していた他の議員にも重大な責任がある。


なぜその場で制止しなかったのか。なぜ強く叱責し引き離さなかったのか。

「見ていたが止められなかった」という言葉が通用するのは、一般人の場面ですら苦しい。ましてや、公共の代表者である議会人の集まりである。


さらに看過できないのは

この議員が過去にも、地元の消防団員に掴みかかり、喉仏を損傷させるという重大な行為を起こしている点だ。喉仏を掴む―それは単なる喧嘩ではない。命に関わる「禁じ手」であることを、少しでも修羅場を知る者なら直感的に理解する。

この事件は、私が入ることで曲がりなりにも収めたのだが、、、


繰り返される暴力的行動。

これは偶発ではなく、資質の問題ではないか。


議会人は一般人とは違う。

選挙で選ばれ、権限を持ち、行政を監視し、職員を守る立場にある。その者が、酒に溺れ、立場の弱い相手に手を上げる―それは民主主義そのものへの背信行為だ。

被害を受けた部長がどれほどの屈辱と怒りを胸に飲み込んだか、想像に難くない。暴力そのもの以上に「声を上げられなかった」状況こそが、この事案の深刻さを物語っている。


今、問われているのは個人の謝罪ではない。

議会として、組織として、こうした行為をどう断罪し再発を防ぐのか。その覚悟である。


「身内だから」「酒の席だから」

これは、制止させなかった同席議長らにも向けられるものだ。その甘えを断ち切れない議会に、住民の信頼は戻らない。



 
 
 

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岐阜市議会議員 道家康生(どうけやすなり)

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