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2026.02.12 「弱さ」の連鎖が、まちを動かす

  • 2月12日
  • 読了時間: 2分

「議員は地元に弱い。地元は役所に弱い。役所は議員に弱い。」

私は選挙の折、よくこの一節を口にする。一見すると皮肉のようであり、権力構造の裏側を暴く言葉のようにも聞こえる。しかし三十年近く政治に携わってきた今、この言葉は単なる揶揄ではなく地域社会の“重力”を示す現実だと実感している。


議員は地元に弱い。

それは票に弱いという意味ではない。困っている顔に弱いのだ。自治会の一言、商店主の嘆き、子どもを抱えた母親の不安。そこに背を向けられないから役所の扉を叩く。


地元は役所に弱い。

制度は難しく予算は限られ、窓口は高い。正論を言われればそれ以上は踏み込めない。だから市民は議員に託す。


そして役所は議員に弱い。

これは力関係の話ではない。議員という肩書があるからこそ、行政は丁寧に耳を傾ける。私自身、どれだけ無理を申し上げ、どれだけ現場で汗をかいていただいたことか。冷静に受け止めてくださる職員の姿勢は、今もこちらから頭を下げ感謝の思いだ。


だが、議員側はどうか。

浮き足立つ者もいる。立場を地位と勘違いする者もいる。正直に言えば、私自身も前半は“のぼせて”いた。肩書が自分を大きく見せているのか、自分が仕事をしているのか、その境目が曖昧だった時期がある。年齢を重ね、経験を積み「別人のようにニュートラルになった」と言われることが増えた。誉め言葉かどうかは分からないが、少なくとも今は、自分が偉いなどとは一切思わない。


議員とは地位ではない。

社会の一構成員であり、与えられた役割を担う“機能”にすぎない。今日もまた、市民相談から一日が始まる。誰よりも多くの案件を持ち込む姿勢は、三十年近く経っても変わらない。弱さの連鎖は決して悪ではない。互いに弱さを知る事。そこから緊張が生まれ、遠慮が生まれ、そして慎重さが生まれる。その均衡の上に、地域社会は成り立っている。


強さを誇る政治よりも、弱さを自覚する政治でなくてはならない。

肩書ではなく、役割として。

地位ではなく、責任として。

三十年を前にして、改めてそう思う。



 
 
 

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