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2026.02.17 議員辞職が、こんなに続いていいのか

  • 2月17日
  • 読了時間: 2分

議員辞職が、こんなに続いていいのか


本日、自民党の渡辺貴郎副議長が辞職した。

岐阜市議会の副議長という重責にありながら、その職を離れる決断である。思い起こせば、昨年は玉田和浩県議の突然の訃報があった。その後、岐阜市議会の和田直也議長が、2025年5月の議長就任からわずか約3か月で辞職。玉田県議の後継を自ら標榜し、県議補欠選へと転じた。それぞれに事情があり、志があることも理解はする。政治は生き物だ。挑戦を否定するつもりはない。


しかし、である。

こうも立て続けに「要職に就く → ほどなく辞職」という流れが繰り返されると、市民はどう受け止めるだろうか。


「またか」その一言で済ませてよい話なのか。

議長や副議長は、単なる肩書きではない。議会運営の舵取りを担い、市民の負託を体現する象徴でもある。その職に就くということは、一定期間、その責任を引き受ける覚悟を示すことでもあるはずだ。だからこそ、短期での辞職が続けば、どうしても“踏み台”という印象が残る。裏切りとまでは言わない。だが、複雑な思いが胸に残るのも事実である。


私は若い頃、副議長の打診を二度受けたことがある。

同期の中で最も若かったこともあり「今はまだその時ではない」と辞退した。委員長職なども、先輩に譲り続けてきた。いまの立場では、委員長職すら回ってこない。それを不満に思う気持ちはない。役職を求めて議員を続けてきたわけではないからだ。

しかし、議会という場が「役職は通過点」「肩書きは次への足場」という発想に傾いていくとすれば、それは違うのではないか。議長や副議長とは、次の選挙のための装飾品ではない。市民から預かった議会の秩序を守る、重い責任の席である。


地方自治法には

「何日以内に互選しなければならない」という厳密な期限規定はない。だが慣例では、毎年5月に正副議長選が行われる。この空席も、いずれ我々議員による互選によって埋められるだろう。しかし、そのたびに「今度は誰が、どこまで覚悟を持って引き受けるのか」そんな目で見られる議会になってしまってはならない。


末席を預かる一議員として、

率直に言えばやりきれなさを覚える。議会とは何か。役職とは何か。そして、議員の責任とは何か。いま一度、足元から問い直すべき時ではないだろうか。市民は、肩書きではなく、姿勢を見ている。そのことだけは、忘れてはならない。



 
 
 

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