2026.03.18 ゴミ有料化で浮いたカネ?
- 3月18日
- 読了時間: 3分
ゴミ有料化で浮いたカネ?合意なき改革の行方
ここ2日間の議会質疑では、ゴミ有料化をめぐる議論が続いた。しかし、その議論の中で浮かび上がってきたのは「制度設計」よりもむしろ市民との合意形成の弱さである。
市側の説明は一見すると丁寧だ。
・不法投棄者の発見に報奨金を出す。
・見守り活動への手当を設ける。
・ゴミステーションの統合で効率化を図る。
・剪定した枝は、ステーションに出せば有料だがセンターへ持ち込めば無料。
・自治会員にはゴミ袋の無償配布。
様々な案が考えられているようだ。
さらには、ゴミ問題を自治会単位でワークショップを開き地域で議論していくという。一つひとつ見れば、いずれも「丁寧な行政」に見える。しかし、ここに大きな前提が横たわっている。自治会加入率は、市内でおよそ50%程度。つまり、市が制度の軸に据えている自治会という存在自体が、すでに市民全体を代表するコミュニティとして痩せてきている。
さらに問題は複雑だ。
岐阜市では、基本ゴミステーション方式。しかし個別収集の地域もある。その数は1000を超えると言われる。地域ごとに制度、負担が違う。いわば“ダブルスタンダード”を常態化・放任してきた。これでは市民の納得感が生まれるはずもない。
もう一つ忘れてはならない背景がある。
県内で家庭ゴミが無料の自治体は、岐阜市と岐南町のわずか2つ。そのため、県内では「まだ無料なのか」という視線が向けられているのも事実だ。しかし、ここには忘れてはならない歴史がある。平成の時代、国が提唱したゴミ処理の広域化政策のもとで、周辺自治体の焼却施設や処分場の整備ができなかった。多くの場合、救済措置として岐阜市民の理解と負担の上に、市内への建設により衛生政策が成り立ってきた。それでも、岐阜市民が特別な恩恵を受けたという実感はほとんどない。しかも岐阜市は、中小河川が多い地形である。その結果、不法投棄も県内でも多い地域の一つだ。そうした事情を考えれば「ゴミが無料」という行政サービスは、本当にそんなに悪いことなのだろうか。偏ったエゴだろうか?
昨日の議会を聞きながら、私の頭に残ったのは別の疑問だった。
ゴミ有料化で浮くカネは、いったい誰のためのカネなのか。将来への財政負担をなくす、はずの金ではないのか?市民の理解を得る前に、制度だけが先に動き始めてはいないか。
そしてもう一つ。この政策は、いったい何に押されて進んでいるのか。外圧なのか。財政なのか。それとも「有料化こそ改革」という空気なのか。行政サービスとは、本来、市民の納得の上に成り立つものだ。制度の正しさよりも先に合意の正しさが問われている、と思うのは、私個人の不勉強さなのか?











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