2026.03.21 見えない支出が見えない危機を育てる
- 3月21日
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見えない支出が見えない危機を育てる
今回、報道の各務原市、東海中央病院における14億円の巨額赤字問題は単なる経営の失敗として片付けられるものではない。これまでの行政の関わり方、その“見え方”にこそ本質的な課題が潜んでいるように思えるのは私だけだろうか?
本来、地方自治体が特定の医療機関に対して直接的な赤字補填を行うことは、地方自治法の定めで、極めて慎重でなければならない。公平性や公益性の観点から、当然の制約である。
そのため、現実には救急医療の委託費や機能維持のための補助、各種事業の負担金といった形で、複数の名目に分けて支援が行われてきた。いずれも制度上は適正な支出であり、地域医療を守るために不可欠な措置でもある。
しかし、ここに一つの盲点がある。
それは「全体像が見えにくい」言い換えれば「支出総額がわからない」ということである。支援が個別の事業として分散されることで、結果として年間どれほどの公的資金が投入されているのか、市民にも議会にも直感的に把握しづらい状況が続いてきた。これは意図的なものではないにせよ、結果として“見えない支出”を生み出している。
国における特別会計がしばしば指摘されるように、制度として正当であっても全体像が見えにくい構造は、問題の発見や是正を遅らせる。地方行政においても、同様のことが起きていないか、改めて問い直す必要があるだろう。
今回の病院問題も、そうした積み重ねの延長線上にあるのではないか。過去からの支援の在り方を、どこまで俯瞰して検証できていたのか。制度や制約の中でやむを得なかった錬金術であったとしても、その全体像を整理し、将来リスクとして共有するマネジメントが十分であったのかどうかは、冷静に振り返るべき論点である。
特に各務原市のように、国策に関連する産業や企業が集積する地域においては、医療体制の維持は単なる福祉ではなく、地域の基盤そのものに関わる問題である。だからこそ、支援のあり方もまたより高い透明性と戦略性が求められる。責任の所在を単純に誰か一人に帰するのではなく、制度の制約の中でどのように“見える化”を進めるのか。そこにこそ、これからの行政のマネジメント力が問われているのではないだろうか。
見えないものを見えるようにする。その一歩が、同じ問題を繰り返さないための、確かな出発点になるはずだ。











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