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岐阜市議会議員 道家やすなり公式ブログ


2026.01.21 古い車は罪で、古い家は徳なのか
古い車は罪で、古い家は徳なのか 自動車は十三年を超えると税が重くなる。一方で、家屋は年を経るほど課税評価が下がり税負担は軽くなる。同じ 「古い」 なのに扱いは正反対だ。 理由は「環境」だという。 古い車は排ガスや燃費性能が劣るから、税を重くして新しい車への転換を促す― これが十三年重課税の建前である。しかしここで素朴な疑問が浮かぶ。本当に環境の話なのだろうか。 築四・五十年の住宅を思い浮かべてほしい。 断熱材は乏しく隙間風が入り暖房冷房は外に逃げていく。エネルギー効率だけ見れば、最新の高断熱住宅とは比べものにならない。それでも古い家は 「価値が下がるもの」 として税は年々軽くなる。誰も 「環境に悪いから建て替えなさい」 と固定資産税を重くはしない。 なぜか。 答えは明快だ。住居は生活の基盤であり、税で追い込めば人の暮らしそのものが壊れるからである。一方、自動車は 「代替可能」 で 「買い替えを促しやすい 」。そこに政策誘導の余地がある。つまり環境合理性の問題ではない。縛りやすい対象を縛っているだけだ。 たとえるなら、古くなった鍋を使い続ける家庭に

道家やすなり
1月21日


2026.01.20 政権の継続とは…
政権の継続とは、時に「慣性」の名で思考停止を招く。 長年にわたり、国土交通大臣という国家の背骨とも言えるポストを特定政党に委ね続けてきた日本政治もその一例ではなかったか。自民党と公明党の関係が揺らぎ始めた今、これまで伏せられた問題点がようやく日光の下に引き出されつつある。 その象徴が、いわゆる「媚中」と評される政治姿勢である。 経済・観光・インフラと、中国と深く関わる分野を所管する国土交通行政において対中配慮が常態化すれば国益よりも摩擦回避が優先される。たとえるなら、船の舵を外の視線ばかり気にする操舵手に任せ、船内の乗客の安全確認を後回しにしてきたようなものだ。 こうした空気に風穴を開ける発言をしているのが「北村晴男議員」である。 スパイ防止法と外国人問題を、日本の最重要政策として直ちに議論すべきだという主張は驚くほど明快だ。多くの政治家が 「やりたい政策」 を抽象論で語る中、メディア報道の枠を越え自ら論点を掘り下げる姿は稀有である。 外国人問題は、すでにヨーロッパで 「国の風景そのものを変えてしまった」 現実がある。移民政策が後追いの対症療法と

道家やすなり
1月20日


2026.01.19 語録…。
消防出初式。愚息が制服着て手を振って来た。涙が出た😢 中田先生、自民公認。富山1区で衆議院選挙に。よかった✨

道家やすなり
1月19日


2026.01.09 自治会離れの正体
自治会離れの正体 「任意」の仮面をかぶった行政下請けの限界 来月は、 私の町内は定例自治会総会を迎える。 今、その準備に入っているさなか、多くの問題というより、そもそも論からべき論化していく運営に赤信号を感じる昨今となってきた。自治会からの退会者が増え、新規加入者が少なくなっている。全国の地方で共通する現象。これを 「地域のつながりが希薄になったからだ」 と片付けるのは、あまりに表層的である。 多くの自治会は、 法的には任意団体でありながら 実態は行政の末端業務を担う組織として機能してきた。広報物の配布、調査票の回収、防災名簿の整備、行事動員。これらは本来、行政責任で行われるべき業務である。しかし現実には 「地域のことだから」 という言葉のもと、無償の労力として住民に委ねられてきた。補助金が交付されることでその関係は固定化された。補助金は支援の名を借りた業務委託となり、自治会は 「任意でありながら断れない」 異様な存在になっていった。入会すれば負担が増え退会しても生活は困らない。そうなれば、退会が増えるのは合理的な選択である。 近年、 こうした負

道家やすなり
1月9日


2026.01.09 天人呼応という政治感覚
天人呼応という政治感覚 結果は必ず私たちに返ってくる 近年の国政を振り返ると 東北大震災、そして能登半島地震という二つの巨大災害は単なる自然現象としてではなく、政治の力量が露わになる局面であったと言える。災害そのものは人の力では防げない。しかしその後の判断、決断、対応の速度と質は紛れもなく人の営みであり為政者の責任である。 中国古代の思想に 「天人呼応」 という考え方がある。政治や人の行いが乱れれば、天が災いや異変として応えるという思想だ。一見すれば迷信のようにも映るが、その本質はきわめて現実的だ。統治の質は必ず結果として社会に現れる。それだけの話である。この視点は、国政に限らず地方行政にもそのまま当てはまる。たとえば、岐阜市では中央市場の停電事故が市民生活や流通に影響を及ぼした。各務原市では、いわゆるピーファス問題への対応が遅れ市民の不安と不信を長引かせる結果となった。問題の本質以上に、初動の遅さ、判断の鈍さ、決断の弱さが市民の苦しみを増幅させた点は否めない。 これらを 「不運」 や 「想定外」 で片付けることは容易だ。しかし、市民が見ているの

道家やすなり
1月9日


2026.01.03 「高市政権だけが突出して有能なのか、それとも官僚機構が“政権劇場”を演出しているのか」
「高市政権だけが突出して有能なのか、それとも官僚機構が“政権劇場”を演出しているのか」 ◎政権は変われど、動かすのは誰か 安倍政権の時代、日本政治は 「決断が速い」 と評された。官邸主導、内閣人事局による官僚統制。賛否はあれど、国家は一つの方向を向き結果を出していた。 その後を引き継いだ岸田政権では風景が一変。 「検討」「議論」「丁寧な説明」 という言葉が前面に出る一方、決断の主体は曖昧となり国民の信頼は音を立てて崩れていった。 さらに石破体制では、国会議員との融和、官僚との協調が重視されたが、皮肉にもそこから生まれたのは停滞だった。誰も反対しないが、誰も責任を負わない。政治は安全になったが、前には進まなかった。 そうした流れの中で、現高市政権の 「高速対処」 は際立って見える。議論を長く引き延ばさず、期限を切り責任の所在を明確にする。結果、政策の実装は速い。だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。 ◎これは高市という政治家の卓越した能力なのか。それとも官僚機構が再び本気で動き始めた結果なのか。 官僚は、無色透明な存在ではない。政治の覚悟を見極め、勝ち馬

道家やすなり
1月3日


2026.01.02 統合を選んだ企業、停滞を選び続ける自治
統合を選んだ企業、停滞を選び続ける自治 日野自動車と三菱ふそうが、持ち株会社 「アーチオン」 のもとで統合に踏み切ったというニュースは、自動車産業に身を置かない者にとっても十分に衝撃的だった。それは単なる企業再編ではない。 「単独ではもう生き残れない」 という現実を直視した決断だった。 ひるがえって政治、とりわけ自治行政の世界はどうだろうか。平成の大合併から二十年近くが経つ。当時 「合併すれば効率化できる」「広域で行政サービスを維持できる」 と語られた理想は、今どこまで実現しているだろうか。人口減少はどんどん加速し、財政は硬直化し、職員確保すら困難な自治体が増え続けている。にもかかわらず、道州制をはじめとする広域統治の議論はほぼ棚上げされたままである。 ◎単独経営の限界を認めた企業 ■ 単独自治に固執する行政 アーチオンの誕生が示したのはこうした認識である。技術も人材もあっても、規模と統合なしには、次の時代に対応できない。脱炭素、電動化、国際規制。これらは日野や三菱ふそうにとって 「努力」 では解決できない課題だった。だから彼らはプライドや過去の

道家やすなり
1月2日


2025.12.31 年末市民夜警も終わった
3日間の年末市民夜警も終わった。 お手製の青パトをずっと回していい感じ。

道家やすなり
2025年12月31日


2025.12.30 LED撮影用ライト
LED撮影用ライトを頂いた。 めっちゃ明るい!

道家やすなり
2025年12月30日


2025.12.29 自動車税改革に見る「決断する政治」
自動車税改革に見る「決断する政治」 ― 高市総理の実行力を高く評価したい理由 長年、日本の自動車税制は 「わかりにくく、重く、生活実感と乖離している」 と言われ続けてきた。取得時には環境性能割、保有すれば自動車税や重量税。さらに13年以上経過した車には 「重課」 という名の上乗せ課税。車を大切に長く使うほど、税金が高くなる―この仕組みに国民の違和感は根強かった。そうした中で示されたのが、 ・環境性能割の廃止 ・13年以上経過車への重課税見直し(事実上廃止) という一連の方針である。これは単なる減税ではない。 「国民生活を直視した税制への転換」 であり、ここに高市総理の政治姿勢が端的に表れている。 ◆ 「理屈は通っているが、生活に合わない」 制度を見直した決断 13年以上経過した車への重課税は、 「環境負荷の低減」 を名目に導入された制度だった。しかし現実はどうか。 ・地方では車は生活必需品 ・新車に簡単に買い替えられる世帯ばかりではない ・丁寧に整備し排ガス基準も満たしている車まで一律重課 結果として、 「古い=悪」 という単純化された価値観が、

道家やすなり
2025年12月29日





